Perú rail。 ― 2012/08/01 23:59:59
(Perú rail)
2012 年 7 月 13 日にマチュピチュ村へ入ったのも、2012 年 7 月 15 日にマチュピチュ村を後にしたのもこのペルーレイルだった。
ペルーレイルには超高級列車「ハイラム・ビンガム」とリーズナブルな「バックパッカー」、そしてその中間のこの「ビスタドーム」がある。クスコ - マチュピチュ間の運航本数はそれぞれの車種で 1 往復ずつと限られているが、オリリャンタイタンボ - マチュピチュはビスタドームが 5 往復、バックパッカーが 6 往復運行されている。
ビスタドームの車内は左右に 2 席ずつの配置。お勧めはやはり川側か。
カテドラル。 ― 2012/08/02 23:59:59
(カテドラル)
2012 年 7 月 16 日に訪問しました。リマの中心地、アルマス広場にある「カテドラル」です。
1535 年、インカ帝国の征服者フランシスコ・ピサロが自らの手で礎石を築いたペルーで最も古い大聖堂。1935 年から 90 年の歳月を費やし 1625 年に完成したもので 1541 年に暗殺されたピサロの遺体が安置されています。
写真は全景を抑えていて細部は分からないが、ファサードは見事。
3 つの窓の神殿。 ― 2012/08/03 23:59:59
(3 つの窓の神殿)
2012 年 7 月 14 日のマチュピチュ遺跡観光の詳細 report 第 1 弾、「3 つの窓の神殿」です。
太陽が昇ってくる東向きに立つ壁に、3 つの大きな窓を持つ神殿。同じ大きさの石を積み重ね上げた丁寧な造りとなっている。3 つの窓は夏至の日の出の位置を完璧に示しており、インカの初代皇帝マンコ・カパックによる創世神話が残されている。
実際に見ると、分かるのだが、窓は全部で 5 つある。それぞれ両端の窓が開いていない。また窓のある壁の向かいにはチャカナというインカの世界観を表す言葉が名付けられた 3 つの段を持つ石があり、太陽の光を浴びた岩から伸びる影と岩とでチャカナの形を生み出すことがあるそう。
採石場。 ― 2012/08/04 23:59:59
(石切り場)
2012 年 7 月 14 日のマチュピチュ遺跡観光の詳細 report 第 2 弾、「石切り場」です。
見張り小屋から市街地に向かうと、大きな岩が雑然と並んでいる石切場がある。神殿や住居あるいは畑の石組など、マチュピチュ遺跡の石はすべてここから切り出された花崗岩が使われたと考えられる。ハイラム・ビンガムが調査した際、作業場と思われる場所から、石を加工するブロンズ製の道具や、鉄分含有率 80% の硬い石などが見つかった。インカの人々は、まず大きな岩のわずかな割れ目に木の棒を刺し、木に水を含ませ膨張させて岩を割った。
このくさびを打った岩は、岩の切り方を示している。つまり、石に穴を明け、棒を刺して割ったというエジプトの石加工技術を再現している。
サンフランシスコ教会。 ― 2012/08/05 23:59:59
(サンフランシスコ教会)
2012 年 7 月 16 日に訪れたリマのサンフランシスコ教会です。
当日、運よくマリア様を神輿のように信者 (?) 檀家 (?) の方が担いでいるイベントに遭遇。信仰心がない日本人が偶然居合わせて、勝手に盛り上がって写真を撮るって、失礼な話ですよね、ごめんなさい。
でも貴重な体験ができました。バロックとアンダルシア風の建築様式を取り入れて 1546 年から 100 年以上かけて建築されたという見事な教会です。
インティワタナ。 ― 2012/08/06 23:59:59
(インティワタナ)
2012 年 7 月 14 日のマチュピチュ遺跡観光の詳細 report 第 3 弾、「インティワタナ」です。
このインティワタナは、マチュピチュ遺跡の中で一段と高い場所にあります。「インティ」はケチュア語で「太陽」という意味です。「ワタナ」は「結ぶ」、「繋ぐ」という意味。それで、「インティ・ワタナ」とは「太陽を繋ぎ止める石」といった意味になります。角柱の角は東西南北を向いていて、時計として利用されたという説があります。ここは狭い場所なうえに観光名所でもあるので、いつも人だかりができています。インティワタナのみで写真を撮ることができませんでした。
最近のコメント